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  霧の汗

 体力という計りしれないキャパシティは、おそらく自らの限界を悟ったときから静かにその拡がりが狭められしだいに或いは急速に萎えていく。「二十代でチャンピオンになったときより、三十代終わりになる今のほうが自分は間違いなく強いと言えるんです」ナオトは優しい眼をしてけして牙をむかない真に強い格闘家のように静かに話した。

 私が引き寄せられるように二年前入会したボクシングジムの代表であるプロボクサーナオトは、かつて日本チャンピオンに輝き惜しまれながらも突如引退し別の道を歩んでいたが、周囲の強い勧めとナオトにしかわからない闘争本能が再デビューを可能にした。
 私は、ボクシングといういまだかつて経験したことがない未知のスポーツとしての新鮮さに憧れていて、球技その他のスポーツもひと通りはこなせていたが、ボクシングはまた次元の違うプロフェッショナルな世界として気がかりしながらも遠ざけていたのだが、ジムでナオトの練習風景を見学してみて、エクササイズとしての真面目さや、リズムとスピードに筋力を発揮するテクニカルなパワーを要するという奥の深さに惹かれて入会した。すでに六十二歳になる直前だった私は、その年齢とボクシングのもつ高次元に自分としては珍しくたじろいで、高年であることを初めに打ち明けた。「年齢は関係ありません」ナオトは即座に答えた。「たとえ七十歳でも八十歳でも筋力は進化し高まります」私はその答えに妙に納得した。

 学生時代にアメリカンフットボールで鍛えていた私が年齢の割には体力があると思ったのかナオトは初日のトレーニングで、ストレッチや基礎トレーニングのあとすぐに私設のリングに私を上げてくれた。テレビなどで見るリングと違って思いのほか狭い印象だったが、定められたボックスの範囲での格闘は、まさに逃げられない、ボクシングのもつ究極の真摯さなのだろうと感じた。もちろんプロを目指すわけでもないのも明白なことだからナオトは私に、リングでのスパーリングを通してボクシングのもつ格闘の面白さと、いかにパワーをその腕にいや拳に伝えるかという妙味を真剣に教えてくれた。それは、初めから茶化すようなゲーム感覚ではなく、私のからだから繰り出すパンチの質と完成度を、その初日の私に求めてきたのだ。「今のパンチは肩に力が入っているだけで拳に伝わってないです」「腰を入れるというのは骨盤から踏み込んで打つということなんです」という具合にかなり求めるものが高い。ナオトとのリングでのスパーリングは三分間のワンラウンドを三回こなすのだが、僅か三分ではあるがフットワークを使ってパンチを出していくこの集中的エクササイズは、かつて経験したことがないほどの発汗と心拍の増加をもたらし、一分間のインターバルでの休息が清々しいほどの満足感を与えてくれるのがわかった。もともと鍛えている身体ではあったが、ボクシングジムでのこのトレーニングで、肩から上腕に至るマッスルフォルムが若いときに培った形に近いほどに戻った。

 ジムでのトレーニングが一年ほどたった頃ナオトがメインエベンターとして出場する試合を観戦する機会があった。かつてのチャンピオンであった頃とは違って今は小さな新設された団体に属しているから、試合とはいっても私たちが趣味のシャンソンコンサートで使う小劇場にリングを設置して行うショウ的なイメージさえする雰囲気での試合場であった。前座試合は、AKB48の歌をイメージソングとしているような弱々しい選手たちのファイトだったから失笑も伝わるほどで物足りなさを感じたりしていたが、中盤くらいから試合ファイトに強さが見られるようになり、ナオトの出るメインエベントでは、その小劇場リングサイドの熱狂はかなりのボルテージになっていった。対戦相手はナオトよりやや大きく強靭に見えた。派手なパフォーマンスで揺さぶりをかけていたがナオトは動じず冷静にリングコーナーに立っていた。骨盤から踏み込んで打つという私への教え通りナオトは相手にかなりのパンチを浴びながらブロックをして防ぎ、その合間に「骨盤からのパンチ」を入れて素人目にもそのポイントがわかるほどの強さを発揮して、フルラウンドの末判定勝ちした。英雄のようにナオトはリングサイドに戻ってきた。祝勝ムードに沸くスタッフの間をぬって、ナオトは私が拍手して勝利を称えている姿をいち早く見つけて駆け寄ってくれた。私は、血にまみれたナオトのグローブと少し腫れた目尻から湧きあがる霧のような蒸気を嗅いで、初めて出逢った不思議な香りのワインを連想した。


『この味だ』
『ナオトが求めてやまないのはチャンピオンベルトやランキングなんかじゃない』
『戦う本能としての生きざのような発散なのだ』と思った。


 ナオトは上気していたが、眼はいつも私に接してくれるナオトだった。静かにその興奮をナオトのオーラとしてそのからだにベールしていた。男は、金や名誉のためだけに戦うのではなくそれは正しく自らの達成感と湧きあがる興奮をからだ全体で表現するために戦うのだ。ナオトが現役復帰した意味がわかったような気がしている。